毎年恒例の“甲子園”が騒がしい。
佐々木朗希のいない決勝戦。
選手たちは納得していたのか。
(ひろし)的には、日本の“甲子園”には、ちょっと違和感を否めない。
みんな、なんのために“甲子園”をやっているのか?お金のため?教育のため?
そこら辺の課題が解決されず、無垢な高校生に過度の消耗を強要するようなシステムは、少なくとも、教育とは言えないと思う。
しかし関係者の中には、これこそが“教育”だ。と主張する人もいるのだろう。
となると、“甲子園”をやる高校生も、そういう矛盾のなかでやっているのだ、という自覚は必要なのだろう。少なくとも当事者(選手=高校生)の保護者には必要。
自殺者を出さないために。
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