人気の記事(過去30日間)
- 【市音】民営化された市音の今後。~現実はあまくない・・・
- 自動車燃費の詐欺的表記を糾弾する。③~消費者庁の表示対策課に送信したメールの文面です。
- 【ロシア】バカにするならミサイルやめさせてくれ。ロシアならできるだろう。なぜやらない?
- 【コリア】コリアは"コリア"しか求心力はない。か。
- (ひろし)の結婚観~ど~~~~しても結婚したい人に。(アドバイス)
- “おもてなし”の本質~オモテではニコニコ、ウラでは客を罵倒する日本の接客業。②
- 【五輪エンブレム】なるほどねえ・・・オリジナリティを疑われてもしょうがないねえ。
- 臭いから“臭い”と言って、何が悪い?
- 【五輪エンブレム】結局、少々のパクりは逃げれる・・・ということなのか?
- 【安保法制】安倍総理のやり方は、正しい!!その理由は・・・?
2016年11月7日月曜日
【死亡事故】また悲惨な死亡事故が起こった。~TOKYO DESIGN WEEK2016
TOKYO DESIGN WEEK2016
事故が起こってしまうと、その責任の追及に余念がない。
事後の対応も批判の嵐だ。
しかし責任を追求したところで、なくなった命はもどってこない。
お金は入るかもしれないが、それは慰めにはならない。
いくら気をつけていても、事故はなくならない。
主催者が事故を防ぐ努力をするのは当たり前だが、それとて十分でない場合は多い。
そう思えば、参加する側も、事故に巻き込まれないように気をつける意識は必要だと思う。これは責任者の罪を軽くせよという意味ではない。事故に巻き込まれる悲劇を減らすために、自分たちには何ができるのか?そういう努力をした方がいいという意識のご提案です。
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿