(続き)
市に続いて、県も控訴を決めたらしい。
ご遺族の心情とは裏腹に、行政がなぜ控訴するのか?
それは、万一の時に、行政が何処まで責任を負わなければならないのか?
そういうコンセンサスなしに、判例として、行政の責任を認めることを嫌ったのではないか?
これから日本は、確実に大震災・大津波がやってくる。
もしそのとき、行政が子ども達や市民の命を全面的に補償しなければならないことになるのか?
今回は小学校だったが、例えば保育所をはじめ、市役所とか市民病院とか、公の機関に所用のある市民もいるはず。もしそのとき津波が起こったら、もしそのせいで犠牲者が出たら、誰が責任をとるのか?
おそらく行政は責任を負いきれないと思う。
もし本当に責任を追及されるなら、そんな職場には赴任したくない・・・という職員も出てくるに違いない。
件の小学校でも、もし学校に責任が問われるなら、津波が来るような学校には赴任したくない・・・という先生も出てくるはず。
行政はそういう事態を想定したのではないかと(ひろし)は思う。
日本に絶対に安全な場所なんかない。
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2016年11月1日火曜日
2016年10月29日土曜日
【津波訴訟】学校が全面的に責任を負うのは、どうなん?②
つづき
と言うのも、この先日本は、必ず大地震・大津波がやってくると誰もが分かっている。で、学校の先生が、生徒の命が守れなかったときに、なにがしかの責任に問われるのであれば、一体全体、学校はどこまで対策をしなければならないのか?
大地震・津波は、日常ではないので、時にはマニュアルにない臨機応変の判断も求められる。マニュアル通りにやって犠牲者が出たら、責任は問われないのか?臨機応変にやって犠牲者が出たら、責任が問われるのか?
どうしても、学校が全責任を問われるのであれば、万一の事態には、“各自で判断してくれ”となる可能性もある。
先生だけに責任を求めるのは酷だと思う。
つづく・・・
石巻市議会、大川小訴訟で控訴案承認=賠償命令の判決不服―「悔しい」と遺族に涙
と言うのも、この先日本は、必ず大地震・大津波がやってくると誰もが分かっている。で、学校の先生が、生徒の命が守れなかったときに、なにがしかの責任に問われるのであれば、一体全体、学校はどこまで対策をしなければならないのか?
大地震・津波は、日常ではないので、時にはマニュアルにない臨機応変の判断も求められる。マニュアル通りにやって犠牲者が出たら、責任は問われないのか?臨機応変にやって犠牲者が出たら、責任が問われるのか?
どうしても、学校が全責任を問われるのであれば、万一の事態には、“各自で判断してくれ”となる可能性もある。
先生だけに責任を求めるのは酷だと思う。
つづく・・・
石巻市議会、大川小訴訟で控訴案承認=賠償命令の判決不服―「悔しい」と遺族に涙
【津波訴訟】学校が全面的に責任を負うのは、どうなん?
2011年の時点では、マニュアルも不十分で、学校が全面的に責任を負うのは、少し筋が違う気がする。
大川小の津波訴訟、石巻市が控訴へ 宮城県も検討
ご遺族の気持ちも尊重されなければならないが、2011年の時点では、なかなか判断が難しかったと思う。今になれば、2011年を教訓として、より厳しいマニュアルもできているでしょうが、当時はまだ難しかったと思う。
もめ事の最終判断は、裁判に委ねるしかないが、裁判は非常に無機質なもので、カネというカタチでしか表現できない・・・言い方を変えれば、カネが手に入らなかったら、何にも残らない・・・ということになりかねない。
ご遺族も、責任の所在=カネ以外の結論をもさくする選択肢もあったかもしれない。
つづく・・・
大川小の津波訴訟、石巻市が控訴へ 宮城県も検討
ご遺族の気持ちも尊重されなければならないが、2011年の時点では、なかなか判断が難しかったと思う。今になれば、2011年を教訓として、より厳しいマニュアルもできているでしょうが、当時はまだ難しかったと思う。
もめ事の最終判断は、裁判に委ねるしかないが、裁判は非常に無機質なもので、カネというカタチでしか表現できない・・・言い方を変えれば、カネが手に入らなかったら、何にも残らない・・・ということになりかねない。
ご遺族も、責任の所在=カネ以外の結論をもさくする選択肢もあったかもしれない。
つづく・・・
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