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2017年1月20日金曜日

【交通安全】日本で安全運転ができない本当の理由~そういうわけで、(ひろし)は「三ない運動」を支持します。②

逆に言えば、クルマを運転する以上は、自分が加害者になる可能性に取り囲まれていると言うこと。

だからこそ、クルマを運転するときは、細心の注意を払わなければならないし、必要のない場合は運転をしてはいけない。

そう思えば、安全運転自体が楽しいと思えなければ、クルマの運転は苦痛になる。

いじめられてもいじめられても、ケツなめられても、オレは制限速度を守るぞ。40の道を40で走り、後ろに長蛇の行列が、あからさまにストレスを表現しているクルマを後ろに従えて、オレは法令を守っていると、それが楽しいと感じられる人間でないと、ドライブは楽しめるモノではない。

貴方はドライブが楽しいですか?
楽しいと感じている人は、本当に法令を完全に守っていますか?

まあ、そういうわけで、(ひろし)は「三ない運動」を支持します。

あなたはどう思いますか?

《参照記事》
「三ない運動」が転機 今こそ交通教育の見直しを!

2016年10月9日日曜日

【死刑制度】遺族に存続の意向がある以上、制度として“廃止”するのは、よくないのではないか。

たしかに先進国の中には、死刑制度を廃止している国もあると聞く。
日本も先進国の一員ならば、それにならって死刑を廃止すべきだと考える人も多いのだろう。しかしアメリカで銃がなくならないのと似ていて、机上の“正義”だけで社会が動くわけではない。

そんなに机上の正義が完璧なら、北朝鮮の核開発も止められるはず。
そもそも世界から核兵器も廃絶できるはず。

なぜ殺人犯を被害者より大事にする 日弁連死刑廃止宣言を遺族ら批判

もし殺人犯にも人権があるというなら、またそれが理由で死刑を廃止せよというなら、遺族が納得できる内容の犯罪者の更生の実績が示される必要がある。

具体的には、殺人犯が更正し、殺された人間と遺族が納得できる以上の価値を社会にもたらすことが確実になった場合。

犠牲者が、自分は犠牲になったけど、それが原因で、社会的に殺人・犯罪が減るきっかけになったということが、納得できるような、更正のあり方が実証された場合など。

しかし、そんなことはできないでしょうし、
一部の殺人犯が更正したとしても、更正できない犯人もなくならないと思う。

つまり、制度として、死刑を廃止するというのは、あまりにもキレイゴトだと言うこと。

キレイゴトだけでは社会は動かない。

【「死刑反対弁護士」4割】死刑存廃定まらぬ意見 保留回答「犯罪被害者のことを考えると回答できない」日弁連に疑義 フィフィ 「殺したがるばかども」発言を巡って日弁連に「非常に恐ろしい」

(ひろし)