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2015年10月6日火曜日

【五輪エンブレム】“パクリ”には種類がある。~許されるパクリと許されないパクリ~残念な佐野エンブレム~

五輪のエンブレム問題がまだ尾を引いているみたいですので、この際、(ひろし)の主張をお披露目させて頂きたいと思います。

“パクリ”と一言に言っても、いろんな種類があると思うのです。

簡単に言えば、「許されるパクリ」と「許されないパクリ」(法的な話ではありません)

で、(他の事案は抜きにして)今回の佐野エンブレムが「許されるパクリ」なのか「許されないパクリ」なのかに絞って言えば、(ひろし)は「許されないパクリ」だと思う。

その理由は、

1,(ひろし)は、佐野エンブレムは、パクリだと感じる。
2,多くの人がパクリだと感じた。
3,原作者がパクリだと感じた。
4,日本のデザイン業界は佐野氏を支持するコメントを発表したが、世界のデザイン業界は同じ歩調は取らなかった。
5,オリンピックは、単に日本国内のイベントではなく、世界的なイベントなので、世界の人から支持される(疑念を抱かれない)必要がある。

特に今回は、オリンピックというフィールドの中での出来事だったので、5,の世界の人達の支持は欠かせない。

もし佐野エンブレム(的なデザイン)が、オリンピック以外の場面で発表されていたのなら、ここまで大きな問題になっていなかった可能性はある。

ビートたけしがパクリを擁護する発言をしたそうだ。

ビートたけしがパクリ批判の風潮に疑問「映画だって全部パクリになる」

たけしが個人的に作品を作る場合は、様々なパクリ的な要素は、許容される可能性は十分にある。現に映画の分野などでは世界的に評価を得てきた。

しかし、ビートたけしといえども、例えば“国旗・国歌”をデザイン・作詞作曲するとなると、やはり“パクリ疑惑”は許されないはずだ。

つまり、作品を発表する“場”によっても、パクリが許される場合と許されない場合がある。

そういう意味でも、“オリンピック”という“場”でのデザインなどの創作物は、個人や日本国内的な価値観だけでなく、世界の人々に許容されるものでなくてはならない。

だからこそ、デザイナーの仕事のレベルも、世界レベルで“金メダル”が取れるレベルが求められるのではないか。

今回の佐野エンブレムは、残念ながら、5の国際的な視野が欠けていたのではないか?
日本国内のデザイン業界の内向きの理屈に満足してしまって、世界に開かれた視点が欠如していたのかもしれない。

そういう意味で(ひろし)的には、佐野氏を非難する気持ちより、残念な気持ちでいっぱいになるのだ。

(ふくやまひろし)

2015年9月9日水曜日

【五輪エンブレム】結局、少々のパクりは逃げれる・・・ということなのか?

こちらの記事を見ると、今回の五輪エンブレム問題に関して、デザイナーのプロの方々の考え方がようやく(多少は)分かった気がする。

よくわかる、なぜ「五輪とリエージュのロゴは似てない」と考えるデザイナーが多いのか?

しかし、この記事のおかげで、筆者の意図とは別に結果的に佐野エンブレムのズルさも見えてきた気がする。

まあ、ざっくり言うと、

「少々のパクりは逃げれる。」

ということ。

結果、

「デザインとは、うまく逃げれる程度に作り替えればいい。」

ということなのか?

しかしながら、この記事がデザイン界の常識ならば、なぜ他の国のデザイナーからの援護射撃がないのか?(それともあったのか?)

同じ土俵で仕事をしているなら、他国から「佐野エンブレムはすばらしい」と評価が上がってもよかったのではないか?

そういう視点からのプレゼンを世界に発信してこなかったデザイン界側?(組織委員会?)に、結局非があったのか?

この記事も指摘しているとおり、佐野事務所は、五輪エンブレム以外にも様々なデザインを作成している。その中の何点かが、盗作とされた。ということは、佐野事務所は盗作を基本にしている事務所ではないか・・・?という疑念が、佐野エンブレムの評価を決定づけた。もし、他の盗作疑惑がなければ、この説明で国民も納得したかもしれない。

つまり、佐野事務所は、今回のエンブレムについては、既に場外であることにはちがいない。

(ひろし)

2015年9月8日火曜日

【五輪エンブレム】学生さんには気の毒だが、いろんな影響は避けて通れないでしょう。~多摩美大生へのメッセージ

学生さんには気の毒だが、いろんな影響は避けて通れないでしょう。

五輪エンブレム盗作問題で佐野研二郎氏輩出の多摩美大生が悲鳴「就職活動に影響が……」

しかし、学生さんご本人が、真にデザインのことをキチンと学んだのであれば、それはそれで生きてくるスキルだと思いますので、学ぶ姿勢は忘れないでください。

順風ばかりが人生ではありません。逆境の時ほど、人間の真の価値がわかるもの。企業もそこのところは見ているはずです。あえて攻めの姿勢で、就活を乗り切ってほしい。

ただ、このたびの出来事も、今後の教訓とすることも必要です。
自分たちの学校内で“善”とされていることが、外からは意外と“???”だったりします。
これはどんな組織にも言えることです。仮に希望の会社に就職したとしても、会社も組織である以上、“内輪に甘い”力学が働きます。ですから、同じような事案に発展することも、十分あり得るわけです。

そうなると、ライバル会社がこぞって攻撃してくる・・・・

これも競争社会のやむを得ない側面です。

そういうことすら跳ね返す自分の中の情熱やエネルギー・スキルが必要なのです。

そういう意味では、今はしんどい思いをするでしょうが、将来を見据えれば、かけがえのない経験でもあると思います。

とにかく、腐らず、前を向いて、自分を信じて就職に向けてがんばってください。

(ひろし)

2015年9月6日日曜日

【五輪エンブレム】シロクロはっきりさせるために裁判はやむを得まい。

シロクロはっきりさせるために裁判はやむを得まい。


ただ、デザインの善し悪しは、日本国民・世界のみんなが決めることなので、そこらへんはかんちがいのないように。
つまり、法的にクロ認定はムヅカシイかもしれない。
ただ、クロに認定されなかったからといって、国民・世界の人に認められたことにはならないということ。

(ひろし)

2015年9月2日水曜日

【五輪エンブレム】五輪というフィールドでは、 完全にオリジナルであるべき。

本人がいくら否定しても、あれだけの数の疑惑が指摘されると、一般ピープルとしては、
“盗作”とまでは断定できないにしても、“オリジナリティがない”という印象は否めない。

【五輪エンブレム見直し】「人間として耐えられない」佐野研二郎氏がコメント 疑惑改めて否定

本人は“完全なシロ”と言いたいのでしょうが、一般人は、“限りなくクロに近いグレー”と感じている。

本人が否定しようが、業界がいかに擁護しようが、一般人に受け入れられないデザインは五輪で使用すべきではない。
本人が弁解すればするほど、業界が擁護すればするほど、日本にはオリジナリティがないという評価が世界に広まってしまう。

仮に本当にたまたま似たデザインになってしまったとしても、過去に使用されたデザインがあったことが判明した以上は、オリジナリティではない。それを“オリジナル”と強弁すればするほど、作者の価値が下がることを知るべきだ。

芸術とは、過去からの積み重ね。という面もある。
リスペクトを込めて、過去の作品を参考にすることもある。

しかし、五輪というフィールドで、世界にアピールする場面では、完全にオリジナルであるべきだと思う。

今までは、五輪以外の場面では、そういうやり方も許容されたかもしれない。
しかし五輪では、意味合いが違うと思う。

(ひろし)

自殺者が出るかもしれない・・・

【五輪エンブレム】は国民投票で選ぶべき。


佐野さん本人から取り下げの申し出~五輪相

そもそもウラでコソコソ選考するからこういうことになる。
五輪のエンブレムは国民投票で選ぶべき。

今回の盗作疑惑も、ネットのおかげで明るみに出た。
これはネットの優れた側面だ。

二度とこのような恥ずかしい事態を招かないように、
デザインの応募から選考まで、全て公開(ネットで)して、最終的には国民投票で選ぶしかない。

そうすれば少なくとも日本国民は納得するはず。

(ひろし)

2015年8月21日金曜日

【五輪エンブレム】なるほどねえ・・・オリジナリティを疑われてもしょうがないねえ。

ご本人がいかに合法を主張されても、これだけいちゃもんつけられる内容なら、デザインを依頼する側からすると、依頼するのもためらうんじゃないかな・・・


東山動植物園(名古屋市)

※画像の処理のしかたがわからないので、ゴメンナサイ。

ま、今までこれでやっていけると思ってたわけだから、過去の作品はいろんな疑惑が出てくるかもね。今後デザイナーとしてやっていくつもりなら、もっとオリジナリティがないとムズカシイんじゃないかな・・・・
へたにオリンピックに手を出したばっかりに、命取りに・・・・